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てエネルギーを徐々に蓄え、実施段階に入ったら、一気にエネルギーを燃え上らせることが成功のカギになっている。
最近の一つの流行は、村や町の中からテーマを選び出し、それを柱にして映画製作をする形である。
フィルムの時代とは異なり、極めて安価でビデオテープを廻し、数台のカメラが使え、素人でもテレビ番組が作れる時代になった技術的底流が、この傾向を助長している。
製作費の募金と上映組織との提携が最も努力を必要とする部分であるが、3ないし4年程度の歳月を見込めば、かなりの可能性があるし、ロケーションハンティングやエキストラの動員では、かなりの住民協力が得られる場合もあるようである。
また、テレビドラマとのタイアップもロケ地の選定協力やエキストラの出演などを通して行われている。一時的な話題性や過疎市町村に根づいている諦念的暗さの気分的解消に役立つ場合もあり、そこから地域おこしの気運が醸成される起爆剤にもなり得る。
調査以外にも過疎地域の中で少数グループによる生活運動的方法で、何らかの種類の文化の活用が行われているであろうが、村おこし町おこしが経済にまでつながって発展していく例は、さらに今後の方向を長期にわたって見守っていかなくてはならない。
しかし、過疎市町村においては、同時に多種類の地域おこしを行うのは至難の業であるにもかかわらず、たった一つだけ行った事業が定着しかけるのと軌を一にして、財政的支援を声高に叫ばなくてはならない実績は、近い将来の地方分権と睨み合わせても、考慮すべき重要な問題である。
根本的原因は住民及び自治体が、地域おこしとして発見したり発案して造り上げた文化に対する価値評価が十分になされていないことがあげられる。
西欧諸国のように、生活の中に文化がある国では、文化はまるで普段着のようだが、日本人にとって、文化はよそ行きの着物で、また特別な存在なのである。
例外としては、沖縄県の人々が暮らしの中に三線あるいは手拍子や指笛による音楽と踊りを持っていることが挙げられる。人々が集えば、そこに自然に踊りが発生し、それは家族の中にまで及んでいる。
しかし、他の地方では、観光として著名な音楽や踊りでも、祭りや発表の場が与えられる以外は踊られることがないのが普通である。青森のねぶた、徳島の阿波踊りをはじめ、各地で盛んな総踊りにしても、囃子が聞えると血が騒ぎ始める土着性はあるが、これは祭りの期間に限られている。
もともと農村文化は、神事と農業行事と芸能が密接に結びついて発達してきたものであり、文化と生活は一即不離の関係にあった。
文化は生活そのものであったから、伝承芸能の歴史はほとんどが口伝であり、調査に当
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